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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18163号 判決

原告

中村薫

右訴訟代理人弁護士

羽賀千栄子

被告

富士通株式会社

右代表者代表取締役

関澤義

右訴訟代理人弁護士

植松宏嘉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、五〇〇万円及び平成三年一〇月一日以降毎月二一万二六〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告にタイピストとして勤務していた原告が業務妨害等を理由に諭旨退職の懲戒処分を受けたので、処分事由不存在等を理由にその効力を争い、従業員としての地位確認と賃金の支払とを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  雇用契約関係

原告は、昭和五二年一月五日、被告に雇用され、電子営業本部営業管理部総務課にタイピストとして配属され、昭和五九年一二月に本社総務部総務第一課(但し、当時は庶務第一課)に配置替えとなり、同課において和文タイピストとして勤務していた。

2  懲戒処分歴

被告は原告に対し、平成二年一二月一一日、就業規則七九条一二号、八〇条四号及び六号に基づき減給のうえ出勤停止五日間(同年一二月一二日から一八日まで)の懲戒処分(以下「本件前歴処分」という)に処した。

(一) 就業規則の定め

(1) 七九条(次の各号の一に該当するときは情状により譴責、減給又は出勤停止に処する)一二号

前各号のほか就業規則並びにこれに基づく諸規程に違反した者

(2) 八〇条

次の各号の一に該当するときは諭旨退職又は懲戒解雇に処する。但し、情状により減給又は出勤停止にとどめることがある。

〈1〉 四号

暴行、脅迫その他の不当な手段を以て他人の業務を妨害し又は妨害せんとした者

〈2〉 六号

正当な理由なく職務上の指揮系統をみだし又は上司の指示に従わない者

(二) 本件前歴処分事由

(1) 就業規則七九条一二号該当事由

〈1〉 原告は、平成二年六月二一日、総務第一課購買担当者が原告の執務態度が悪化していたため、原告がタイプ依頼の受付けをするのが無理であると判断し、外注業者にタイプの原稿を渡したところ、原告は興奮し、外注先への支払の証拠書類となる受付ノートを周囲(購買職員)の制止を無視して破り捨てた。これに対し、総務部総務第一課長が厳重な注意をしたが、原告はこれを無視し逆に声高に事務所内で騒ぎだした。

〈2〉 原告は、同年八月二一日、購買担当者がタイプ外注の支払ため関連書類の提出を求めたところ、これを拒否し、この書類をごみ箱に破棄して捨てた。

〈3〉 原告は、同年一一月一六日、業務開始直後から総務部フロアで大声で騒ぎ、原告をタイプ室につれ戻そうとした総務部管理職と購買担当者の二名を激しく抵抗して殴打し、タイプ室内受付けカウンター上の書類を床に散乱させたうえ、電話機を放り投げた。原告の興奮があまりに激しいため購買担当者二名が交替で原告の挙動を監視せざるをえなかった。

(2) 就業規則八〇条四号該当事由

〈1〉 原告は、平成二年七月二四日、総務部管理職席の電話機を無断で使用しようとしたため、当該管理職が自席の電話機を使用するように制止したところ、当該管理職が暴力を振るったと主張し、仕返しと称して当該管理職の腕を殴打し、業務を妨害した。

〈2〉 原告は、同年七月二五日、総務部管理職に夫の勤務先に電話をするなと繰り返し申立てて業務を妨害し、当該管理職の吸っていた煙草を奪い取り、カーペットに叩きつけ、このため、カーペットに焼け焦げが残った。

(3) 就業規則八〇条六号該当事由(但し、この事由は書証略により認める)

〈1〉 原告は、平成二年七月一三日、大声を出し、総務部管理職の業務開始指示に従わず、依頼原稿を周囲の購買班員の制止にかかわらず引きちぎっておきながら再三右原稿の返還を求め、総務部管理職の業務開始命令に対し、同管理職の通信用フロッピィを強奪し、歪みを生じさせ、新しい内容に複写しなければならないようにした。

〈2〉 原告は、同年一〇月一日、営業部門の部長が総務第一課長席で打ち合せ中、突然割り込んできて意味不明なことを大声で話し始め、同課長の職場に戻るべき旨の指示に従わず、右打ち合せを中断させた。

3  諭旨退職処分

被告は原告に対し、平成三年九月二七日、就業規則七八条四号に基づき、同日から一〇就業日以内(一〇月一四日月曜日迄)に退職しない場合は懲戒解雇とする、九月三〇日(月曜日)から退職日までの間は就業規則一二条により会社都合にて休職を命じる、との諭旨退職の懲戒処分(以下「本件諭旨退職処分」という)に処した。

(一) 就業規則の定め

(1) 七八条(懲戒は譴責、減給、出勤停止、諭旨退職及び懲戒解雇とする。但し、人事上の処遇についての資格を付与された者については降格を併科することがある)四号

諭旨退職は期間を設けて退職を慫慂する。期間内に退職しないときは懲戒解雇に処する。

(2) 八〇条

次の各号の一に該当するときは諭旨退職又は懲戒解雇に処する。但し、情状により減給又は出勤停止にとどめることがある。

〈1〉 四号及び六号

前記第二の一の2、(一)2に記載のとおりである。

〈2〉 一二号

前条七号ないし一二号の事由によるものでその情状が重く酌量の余地のない者

〈3〉 一三号

その他前各号に準ずる程度の不都合の行為のあった者

(二) 本件諭旨退職処分事由

(1) 就業規則八〇条四号該当事由

〈1〉 原告は、平成三年一月一〇日、人事部内において、大声で自己の主張・不満等をわめき、人事部長の職務復帰指示を無視し、約四〇分にわたりわめき続け、人事部内の他の社員の業務を妨害した。

〈2〉 原告は、同年六月一八日、総務部長代理に始業時からつきまとい、過去の事件に関する自己の主張・不満等を大声で言い続けた。同部長代理は、これを制止したが、原告はこれに従わず、昼近くまで主張・不満等を言い続け、この間タイプ業務に全く従事せず、同部長代理の業務を妨害し、さらに、同部長代理専用電話のコードを自己の首に巻き付け、「死んでやる」と怒鳴りながら締め付ける動作をし、このため、総務部事務所内は騒然となり、総務部内の他の社員の業務を妨害した。

〈3〉 原告は、同年八月二三日、使用中のタイプ機の調子が悪いと申し立てたので、被告が他の事業所から未使用のタイプ機を借用して原告に提供したが、未使用機であったため却って調子が悪く、現行機を使用していた。そこで、総務部は右借用機を倉庫内に保管していたところ、偶々他の荷物がくずれ、これが右借用機の上に乗っているところを原告が発見し、原告は、管理責任者である総務第一課員を激しく罵り、制止に入った他の総務課員らをも声高に罵ったり、関係のない人が何故に口を出すのか等と騒ぎ続け、このため総務部事務所内は喧騒となり、他の社員の業務を妨害した。

〈4〉 原告は、同年九月一三日、総務第一課担当者に使用していたタイプ機の調子が悪いと相談し、同担当者が業者に連絡して調整を依頼するように指示したところ、これを拒否し、突然興奮状態になって声高に騒ぎはじめ、さらに、同担当者の背後の席にいた文書課員が原告のことを笑ったとして、関係のない人が何故干渉するのかと非難し、定時退社時間の一七時三〇分になっても騒ぎ続けていた。そこで、右総務第一課担当者が原告に対し、残務は外注依頼をして残業しないで帰宅するように指示したところ、原告はこれを拒否し、帰宅しないでなおも騒ぎ続け、そして、残業時間となっても殆ど業務をしないで右担当者に声高に抗議し続け、二三時三〇分になって漸く帰宅したが、この間大声で騒ぎ続け、総務部内の他の社員の業務を妨害した。

〈5〉 原告は、同年九月一七日、総務第一課担当者に七年前に某女性従業員から非難され、これが原因で指の調子が悪くなったと申立て、その女性に七年前の件を謝罪させるように要求した。同担当者がそのような事実はないと答え、速やかにタイプ室に戻って業務に従事するように指示したが、原告はこれに従わず、右女性従業員のところに行き、同女に同様の主張をした。原告は、右担当者の説得に応じ一度は自室に戻ったものの、隣室に他の総務第一課員が所要で入室したところ、ああいう人間を部屋に入れるなと主張し、前記総務第一課担当者の席に来て、電話中の同人の手から受話器をもぎ取って、その業務を妨害した。

原告は、なおも右担当者に抗議を続け、さらに総務第一課長から業務に戻るように指示されたにもかかわらずこれを拒否し、関係ない人間は口出しするな等の非難を繰り返し、さらに興奮して声高に叫び続けた。そして、原告は、タイプ室に戻るやカッターナイフを持ち出して総務部事務室に来て、自ら手首を傷つけた。驚いた総務第一課長や総務第一課員が制止し、ナイフを取り上げたが、原告の手首に若干の出血が認められたため、医務室に行くよう指示したが、原告は聞き入れず騒ぎ続けた。止むを得ず医務室から看護科長に来てもらい、その場で手当てを行った。

総務第一課長は、原告が右のような騒ぎを起こし興奮していたため、原告の父親に事のあらましを伝えるとともに、迎えに来るように依頼し、翌日以降落ち着くまで暫く出社を見合わせるように話し、了解を得た。そこで、右課長が原告に対し、右のことを伝えたところ、原告は更に興奮し、実家に電話して迎えは不要である旨伝え、一層騒ぎたてた。右課長から本日は帰宅するように指示したが、原告はこれを拒否して、退社時間後も会社に残って騒ぎたてた。

原告は、右一連の行為により総務部内の他の社員の業務を妨害した。

(2) 就業規則八〇条六号該当事由

〈1〉 原告は、平成二年一二月二五日、人事第二課長からの本件前歴処分に関しての所定の始末書の提出指示に従わなかった。

〈2〉 原告は、前項〈1〉のとおり、人事部長の指示に従わなかった。

〈3〉 原告は、前項〈2〉のとおり、総務部長代理の指示に従わなかった。

〈4〉 原告は、前項〈4〉のとおり、総務第一課担当者の帰宅指示に従わなかった(被告の職場復帰指示違反の主張は誤記と認める)。

〈5〉 原告は、前項〈5〉のとおり、総務第一課担当者の職場復帰指示に従わず、さらに、総務第一課長の医務室での手当てを受ける旨の指示にも従わず、さらに、帰宅指示にも従わなかった。

(3) 就業規則八〇条一二号該当事由

〈1〉 原告は、前項〈1〉ないし〈5〉の業務指示命令に違反した。

〈2〉 原告は、右1の〈2〉のとおり、電話コードを首に巻き付ける行為をして職場の秩序を紊乱した。

〈3〉 原告は、右1の〈5〉のとおり、カッターナイフで自らの手首を傷つける行為をして職場の秩序を紊乱した。

(4) 就業規則八〇条一三号該当事由

〈1〉 原告は、右2項の〈2〉のとおり、始末書を提出しなかった。

〈2〉 その他本件前歴処分後の右1ないし3の行動等

二  争点

本件諭旨退職処分の有効性にある。

(原告の主張)

本件諭旨退職処分は、そもそも処分事由が存しないにもかかわらず、事実誤認に基づいてなされたのであり、職場内での原告に対する同僚らの根拠のない悪感情に基づく行為とこれを処理できなかった上司の責任とを全く考慮外のものとする極めて偏った見方によるものであり、相当性がないから、処分権の濫用として無効である。

第三争点に対する判断

一  本件諭旨退職処分事由の存否について

1  就業規則八〇条四号該当事由について

(一) 〈1〉について

(書証略)によると右〈1〉の事実を認めることができる。

(二) 〈2〉について

(書証略)によると右〈2〉の事実を認めることができる。

(三) 〈3〉について

(書証略)及び弁論の全趣旨によると右〈3〉の事実を認めることができる

(四) 〈4〉の事実について

(書証略)及び弁論の全趣旨によると右〈4〉の事実を認めることができる。

(五) 〈5〉について

(書証略)によると右〈5〉の事実を認めることができる。

2  就業規則八〇条六号該当事由について

(一) 〈1〉について

(書証略)によると〈1〉の事実を認めることができる。

(二) 〈2〉について

(書証略)、弁論の全趣旨によると〈2〉の事実を認めることができる。

(三) 〈3〉について

(書証略)及び弁論の全趣旨によると〈3〉の事実を認めることができる。

(四) 〈4〉について

(書証略)及び弁論の全趣旨によると〈4〉の事実を認めることができる。

(五) 〈5〉について

(書証略)によると〈5〉の事実を認めることができる

3  就業規則八〇条一二号該当事由について

(一) 〈1〉について

前記に認定したとおりである。

(二) 〈2〉について

(書証略)によると〈2〉の事実を認めることができる。

(三) 〈3〉について

(書証略)によると〈3〉の事実を認めることができる。

4  就業規則八〇条一三号該当事由について

前記認定のとおりである。

二  本件諭旨退職処分の有効性について

以上に認定したとおり、原告には就業規則八〇条四号、六号、一二号、一三号に各該当する事由が存したのである。そして、これら各該当事由は、その動機、行動態様等においていずれも容易に他人には受け入れられないと考えられる原告の一方的な自己主張に基づいてなされたものであって、原告のこれらの行動により被告が主張するとおり職場秩序が乱されたというのである。

被告は、本件前歴処分をなすに当り、原告の行動態様を極めて重大なものと受けとめてはいたものの、この処分をなすことにより原告が今後反省し態度を改めるものと期待していたというのである(書証略)。ところが、原告は、被告のこのような期待にも応えようとせずに右のような行動に及んでいるのであるから、被告の本件諭旨退職処分は、止むを得ない措置であったということができ、その処分権を濫用したものとはいえない。

よって、本件諭旨退職処分は有効であり、原告はこれにより被告との雇用契約上の権利を喪失したこととなる。

よって、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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